ボツワナ/Botswana

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(3人でインスト込み40分ほど)

【概要】
ボツワナのサファリには色々な動物がいて、見つけることができます。
では、どの動物を見つけることが一番なのでしょう。

【ルール】

動物(ライオン、象、豹、シマウマ、キリン)の絵と数字(0~5)が振られたカードを規定枚数ずつ各プレヤーに配ります。

プレイヤーは配られたカードを手札として持ち、各手番に以下を行います。
・カード1枚をプレイする。
・場におかれた動物の人形を1つとる。

プレイしたカードに描かれた動物とプレイ後に取る人形の動物は一致していなくても構いません。
カードはプレイする際には、既に同じ動物のカードがプレイされていれば、上に重ねるようにプレイします。(下になるカードも数字だけは見えるように置きます)
どんどん手番を行い、ある1種類の動物のカードが0~5までプレイされたならば得点計算に移ります。

その時点で各プレイヤーの手元にある動物の人形が得点になります。人形1つの得点は、場にプレイされているカードのうち、一番上におかれたカードに書かれた数字です。
(例えばライオンのカードが3→5→0の順でプレイされた時点で、象のカードが0~5までプレイされて得点計算に移ったとしたら、ライオンの人形は1つ0点になります)

これをプレイ人数分行い、合計得点を競います。


【プレイ内容】

人形あって相方の受けもいいだろうし、ジレンマもわかりやすいだろうと思い購入しました。
購入した日に相方と遊んではいたのですが、人形以外の部分はあまり受けが良くなく、棚に放置されていました。人数増えたら変わるかもと、Yが来てくれたのを良い機会だと僕、相方、Yの3人で遊びました。

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とまあ、とりあえず、ひとしきり人形で遊んだ後で実際のゲーム開始です。

相方とやった時には2人と言うこともあり、手札が大量(14枚)にあったので、手札の中で色々と考えることができたのですが、3人だとそれなりにカードが分散しており、手札の中だけで作戦を立てるというのは難しいと判断しました。
というわけで、手札にある0や5といったキーになりそうなカードをどう使うかを考えつつ、他の人が取っていく人形の種類から思惑を探ってみつつプレイしました。

1戦目はYは初プレイと言うこともあり、思ったよりも早いタイミングで得点計算になってしまったようで、点数が伸び悩みひとりだけへこむ展開に。

全部で3戦やった合計点だからとYを励ましつつの2戦目。Yは点数的にへこんでいるので相方をマークして、とる動物を被らせたり、相方が取っている動物で低い数字のカードがあればそれを使うタイミングを考えたりとしていたところ、相方と潰し合いのような形になってしまい、漁夫の利的にYが大量得点します。

Yとは7点差と、頑張れば逆転可能かという状況で迎えた3戦目。Yと同じことをやっていては逆転できないので、Yとは違うことをやらないとダメなのですが、手札運が悪く、手札のほとんどが2や3と、相方かYの手に便乗しないと稼ぐことができません。
うーん。これはうまくないなあと悩みに悩んで迷走してしまい、3匹も集めたシマウマが0点のままで終わったり、結局Yと似たような集め方をしてしまったりということもあり、全く点差は詰まらず(むしろ相方にも逆転され)、Yの勝利となりました。

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(そして、その後もダラダラと人形で塔の建設に勤しむ人々)

【感想】

2人でやった時にも相方と2人で話したのですが、せっかく凝った人形を用意しているのに全くゲーム的に意味がないです。むしろ、妙なテーマを持たせたせいでなんでこういうルールのゲームなのか?と余計なところが気になります。どの動物を見つけるのが一番良いのか?ってなんなのか。カードをプレイしてどれが一番いいのか決めてるみたいなのですが、それって、ゲームの設定自体にゲームの構造がまんま入ってるってことなのか?つまりメタ構造ってことなのかと本当にようわからん設定です。
元々はテーマ性の薄いゲームだったもののリメイクのようですし、リメイク前の方が「これはこういうもの」と割り切れたのではないかと思います。

あとは、クニツィアらしくジレンマがあって悩ましいゲームですが、このゲームのジレンマって何のためのジレンマなのかもようわかりません。うまく言葉にできませんが、別に悩みたいからゲームをやっているわけではなくて、達成感、爽快感といったところから生じる楽しさを得たいからゲームをやっています(それが全てというわけでもないですが)。ボツワナのジレンマは、悩みという負荷に対する見返り(達成感、爽快感等)がないのではないか、単に悩むというためだけのジレンマなのではないかと思うわけです。

何故かというと、あるジレンマに対する選択が正しいのか、間違いなのかがようわからないからです。例えば、(ジレンマはないですが)じゃんけんでどの手が良いか悩みます。結果、勝てば自分が悩んだ末に出した結論は正しかったということになり、肯定されます。この肯定は悩みが大きければ大きいほど、見返りとして大きなものが返ってきますが、ボツワナでは、悩んだ末にだした結論が正しかったのか、正しくなかったのかがわかりにくく、結果、自分の選択が肯定されない(見返りがない)ということになっています。

ボツワナで悩むのはカードをプレイする時と動物を取る時ですが、どちらで悩むかと言えば、カードをプレイする時でしょう。どの動物を取るかはカードをプレイする時の思惑を反映すればよいことが多いので、カードをプレイする時の悩みが、このゲームのメインどころです。カードをプレイする時に思うのは、「他人がプレイした高い点数に自分の手札から低い点数を重ねてやれ」と「自分の手札の高い点数を如何に低い点数を重ねられないようにしよう」でしょう。その考えを基準に、キリンのカードを先にプレイするか、それとも象のカードを先にプレイするか…とあちらを立てればこちらが立たずと悩むのではないかと思います。

では、自分の思惑がうまくいったのかを評価しようとする時の基準は何を以って正しかったというのでしょうか。

ゲームの勝利と言うのはわかりやすい基準ですが、自分の思惑通りにいくことと勝利はボツワナではイコールではありません。「象を5点で終わらせよう」、「豹を0点にしよう」がうまくいったとします。しかし、勝負に勝っているかは別問題です。それは、勝つための条件がカードをうまくプレイすることではなくて、人形を効率よく(高得点になるように)集めることだからです。カードの状態が思い通りになっても、他人の方が点数が高ければ負けるのです。

少なくとも僕は、合計得点で負けているのに「狙い通り、象を5点に出来たぞ。やったー!」とは思いません。象を5点にするよりも大事なことがあったから負けているわけで、1枚1枚のカードプレイ時の思惑なんてほっぽいて、もっと大きなゲームの流れ(象じゃなくてシマウマを優先すべきだった、相方をマークしすぎた等々)を反省し、評価します。

つまり、ボツワナの悩みどころは評価がされることがないのです。完全に思惑通りにいって勝負にも勝てた時や、この動物は僕が0を出せば、相方が4かを出すだろうと思ってまんまと出してもらえた時などは別ですが、ゲーム全体で見て、自分の悩んだ末の行動に対する評価の機会はとても少ないです。

悩み&その後の行動が自己評価もできず、勝ったとしてもその時の選択のおかげと喜ぶことも難しい。悩むこと自体が好きなひとにはオススメですが、爽快感や達成感といった見返りであったり、感想戦とかが好きな人には向かないと思います。

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何のためのジレンマか

興味深く読ませていただきました。

何の為のジレンマなのか? ということは考えたことがありませんでしたが、ひだりさんの言うこともわかる気がします。ボツワナで「自分の思惑どおりにいく」というのは、決して自分が集めている動物を5点にすることでも相手が集めている動物を0点にすることでもありません。相手よりも相対的に多くの点を取ることです。

ボツワナの主なジレンマはゲームがサドンデスであるところから起こります。ゲームが終わるまでに相対的に他のプレイヤーよりも高得点であればよいのですが、そのゲームが終わるタイミングを読むのが難しいです。終わらせるカードを自分が持っていれば良いのですが、相手が持っている場合はそれを自分の都合の良いタイミングで出させるように仕向ける、これがうまくいったときは結構爽快だと思います。また人数分のラウンド数での総得点で勝敗を決めるので、同じ負けるのでも差を最小にして負けるというのも大切です。「ここで終わらせると負けだけど、最悪の状態は回避できる」というやつです。

いうまでもないことですが、ボツワナでは相手の動物の取り方から手札を推測することが大切です。一人だけで動物を4匹以上集めても、それが結果に結びつくことはほとんどなく(2人プレイなら別ですが)、かといって他のプレイヤーと全く同じことをしていては勝てません。この「他のプレイヤーと協力しながら、ちょっとだけ違うことをする」とうのがボツワナの魅力だと思います。

なおボツワナの動物コンポーネントは賛否両論ありますが、自分は昔のチップの方が良いかなあと思います。でもボツワナの動物は可愛いですね。ひだりさんの写真(虎やライオンが象やシマウマを食べているものなど)は良い感じです。思うに、今回のリメイクで動物フィギュアを入れた一番の理由は、グリフォンの本棚シリーズのサイズに合わせる為だと思います。以前もジェムディーラーなどはカードだけでは箱が大きすぎるので、宝石のコンポーネントが入っていましたね。

歴史的にはフリンケピンケ、クアンダリー、トール、ロコとあり、今回のボツワナが5つ目となります。
以下にコンポーネントとルールの差異が書いてありますのでよければ参考にしてください。

http://www.gamers-jp.com/playgame/archives/000887.html#flinkepinke

Re: 何のためのジレンマか

>けがわさん

コメントを読ませていただいて考えたのですが、どうも僕は「他のプレイヤーと協力しながら、ちょっとだけ違うことをする」を「他のプレイヤーと協力しているように見せつつ、出し抜く」という考えで遊んでいたようです(同じような人形の集め方をしつつ、点差をつけるための1手をうつということで、結局は似ている、または同じ動きになるのではないかと思います)。

こういう考え方だと、他人の手が協力のための手なのか、出し抜くための手なのかがわからなくなり、結果、何を自分の考えの基準にすればよいのか?となったのではないかと思います。だからこそ、悩むためだけのジンクスではないかと書きました。

サドンデスであるためにどの手をいま行うのが有効なのかを悩み・考えるわけですが、その根拠は自分の手札と他プレイヤーのプレイです。ただし、この他プレイヤーのプレイは、上記の通り必ずしも素直に解釈すれば良いというわけでもないです。そうなると、そもそも自分自身の悩みって意味があるのか? 悩ましいのは確かだけど、その悩みが勝負に直結していない(可能性がある)と考えたんです。

例えば、サドンデスのゲームといえば、ぼろ儲けカンパニーもそうかと思います(ユニオンパシフィック等の方が一般的なのかもしれませんが、未プレイなのでこちらで)。ただ、ぼろ儲けカンパニーはカードのプレイ=絶対に加点のための行動なので、相手の手がどんな思惑の元に行われたかもわかりやすく、その結果は勝負に直結しています。

ボツワナはカードのプレイと人形の取得という二段構造になっているところが肝ですが、その肝のせいで、思考がシンプルでなくなり、相手の思考も読み難くなってしまっている気がします(これはうだうだと考えてしまう自分には向いてないというだけで、この仕組みは非常に上手だなと思ってます)。
play:gameのプレイ記事にも「初プレイのプレイヤーの手は読みにくい」とありました。僕が上記のような考えになったのも初プレイ(僕と相方も2回目とほぼ初のようなもの)だったというのも大きいかもしれません。

play:gameの記事も読ませていただきました。僕もチップの方が好きですね、なかでもフリンケピンケのコンポーネントが一番ゲーム性とあっているように思いますし、見た目も好みです。
プロフィール

ひだり

Author:ひだり
川崎市で相方や友人たちとボドゲやってます。

オールタイムベストは、
・グローリー・トゥ・ローマ
・バサリ
・インペリアル
・アフター・ザ・フラッド
・ゴッズプレイグラウンド
・HABA社製品 全般

推理ゲーム好きだけど↑には入ってないという
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連絡先:hidarigray@gmail.com
※当blogはリンクフリーです

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